海外居住者への贈与と相続時精算課税

Q1)父親甲(70歳・日本国在住)は、20年前から米国に居住する長女乙(40歳・米国籍)に対して、20万ドルを長女乙名義の銀行口座(米国の銀行口座)に送金する方法で、生前贈与しました。
長女乙は、日本国の贈与税の納税義務者になりますか。
また長女乙は、相続時精算課税制度の適用を受けられますか。

A1) 贈与者の父親甲が日本国内に居住している以上、長女乙には贈与税の納税義務がありますが、相続時精算課税制度を利用すれば贈与税を納税しなくて済みます。

海外に居住している個人が、日本国内に居住している個人から財産を生前贈与された場合、平成25年4月1日以降は受贈者の国籍に関係なく日本国の贈与税が課税されることになりました。
本問のケースでは長女乙は米国籍ですが、贈与者の父親甲が日本国に居住していますので、長女乙は贈与税の納税義務者になります。

相続時精算課税制度は、60歳以上の贈与者(平成27年1月1日より前は65歳以上
の贈与者)から、その推定相続人(平成27年1月1日以降は孫を含む)で20歳以上の人に対して財産を贈与した場合、贈与者から贈与財産の合計額が2500万円までについて特別控除額を認めて贈与税を課税しない制度です。
但し贈与者が相続時精算課税制度を利用するためには、贈与した翌年3月15日までに贈与税の申告をしなければなりません。
また相続開始時に、相続時精算課税制度による生前贈与分と相続財産が合算されて、相続税の課税財産とされます。

相続時精算課税制度では、推定相続人の住所地について特段の規定がありませんから、外国に居住する推定相続人が相続時精算課税制度を利用することは可能です。
したがって本問のケースでは、長女乙は、相続時精算課税制度の適用を受けることを前提とする贈与税の申告をすれば、贈与税を納税しなくて済みます。

 

底地の購入と相続時精算課税

Q2)父親丙(65歳)は、借地権付家屋を所有しています。同居の娘丁(30歳)が地主戊から底地を購入しました。
父親丙が娘丁に、当該土地にある所有家屋を、娘丁に贈与したいと考えています。
相続時精算課税制度を利用して贈与するに当たり、注意すべき点がありますか。

A2)相続時精算課税制度を利用して家屋を贈与するか、または「借地権者の地位に変更のない届出書」や「借地権の使用貸借の確認書」の提出により、課税されないようにします。

個人が借地している底地を親族等が購入した場合、借地人が新たな土地所有者(買主)
に地代の支払をしなくなったときは、借地権者から土地所有者に借地権の贈与がされたことになってしまいます。
多額の贈与税が課税されるのを避けるため、このような場合には、地主と借地権者(本問では父親丙)との連名で「借地権者の地位に変更がない旨の届出書」を提出して借地権の贈与について課税を受けないことにします。
その後、該土地にある家屋を父親丙が娘丁に贈与したときに、贈与した家屋にかかる借地権を、使用貸借で借り受ける形になります。
そこで通常ならば、地主・借地権者(父親丙)・建物所有者(娘戊)の連名による「借地権の使用貸借の確認書」を提出します。
もっとも本問のケースでは、相続時精算課税制度を利用したいということですので、「借地権者の地位に変更がない旨の届出書」を提出しないで、借地権付家屋の生前贈与として2500万円の特別控除を受けられるようにします。
相続時精算課税制度を利用した内容の贈与税の申告を、贈与の翌年3月15日までにします。

 

財産保全のための相続時精算課税

Q3)母親Xは、長男Yに浪費癖があるので、長女Zに自宅マンションを贈与したいと考えています。
母親Xの主な財産は、預金2000万円と自宅マンション(時価3000万円・贈与時の相続税評価額2000万円)です。
母親Xが長女Zに生前贈与する場合の注意点を、教えて下さい。

A3)相続時精算課税制度を利用する場合、他の相続人の遺留分に配慮し、相続時の納税資金も考慮します。

相続時精算課税制度は、いわゆる遺産の一部前渡しであり、相続時に相続税の課税財産に含めて一括に相続税を課税して精算する制度です。
したがって相続時精算課税制度を利用して贈与した財産については、相続税の課税対象になることを、先ず理解することが大切です。
母親Xが長女Zに自宅マンションを生前贈与する場合、贈与時の相続税評価額(2000万円)が、相続時に課税財産とされます。
そして複数の推定相続人がいるケースでは、遺留分を侵害しないよう配慮することも大切です。

本問で相続時に母親Xに預金などの遺産が乏しければ、長女Zに対する自宅マンションの生前贈与は、長男Yの遺留分を侵害している恐れがあり、長男長女間で遺留分減殺請求の係争が生じる可能性が高くなります。
さらに贈与された財産が将来にわたり保全され、相続時に相続税が課税されても納税資金を確保できるよう対策を講じておくことも必要です。
また相続時精算課税制度による生前贈与は、遺産の前渡しの意味がありますから、将来相続が開始したとき、遺言がなければ被相続人(母親X)の遺産分割協議で、生前贈与が特別受益とされ、法定相続とおりの遺産配分にならない可能性もあります。
相続時精算課税制度を選択した場合、その後の生前贈与の価額に関係なく、全ての生前贈与が課税対象となります。したがって毎年贈与があったかどうかを確認することも必要です。

 

遺産を取得しなかった子と相続時精算課税

Q1)父親甲が亡くなり、相続人は長男Aと長女Bです。長女Bは、相続時精算課税制度を利用して、父親甲から生前贈与を受けています。

長女Bの得た生前贈与の内容は、父親甲が亡くなる15年に金2000万円の贈与と父親甲が亡くなる10年前に金500万円の贈与(合計金2500万円)です。
(1)長男Aと長女Bで、父親甲の相続財産(相続税評価額4000万円)を共同相続しました。長女Bの取得した遺産は500万円ですが、相続税申告の処理は、どうなりますか。
(2)長女Bは父親甲の葬式費用を負担しましたが、相続財産を事実上放棄して長男Aが父親甲の遺産(相続税評価額4000万円)を全て相続しましたが、相続税申告の処理は、どうなりますか。

A1) 小問(1)及び小問(2)いずれの場合も、相続時精算課税制度を利用して得た財産が、相続により取得した財産とみなされ、課税されます。

相続時精算課税制度は、60歳以上の贈与者(平成27年1月1日より前は65歳以上の贈与者)から、その推定相続人(平成27年1月1日以降は孫を含む)で20歳以上の人に対して財産を贈与した場合、贈与者から贈与財産の合計額が2500万円までについて特別控除額を認めて贈与税を課税しない制度です。
相続時精算課税制度では、この制度を選択した推定相続人が特定贈与者から受けた贈与財産のすべて(2500万円控除前の金額)が、相続税の課税対象とされることになっています。

小問(1)について

相続時精算課税制度を選択した場合、その贈与財産にかかる特定贈与者から、相続または遺贈により財産を取得した受贈者は、贈与者の相続開始時における財産のほか、その贈与を受けた財産の全部を相続税の課税対象として加算され、加算された財産額が、相続税の課税財産額とされます。
したがって、小問(1)の場合、父親甲(特定贈与者・被相続人)の遺産額4000万円に長女B(受贈者・相続人)が生前贈与を受けた2500万円を加算した6500万円が、相続税の課税財産になりますので、その内容で相続税の申告をします。

小問(2)について

相続時精算課税制度を選択して生前贈与を受けた人が、その贈与財産にかかる特定贈与者から、相続または遺贈により財産を取得しない場合、当該受贈者が相続人の場合には相続したものとみなし、相続人でない人の場合には遺贈により取得した者とみなして、
相続税の課税財産額及び相続税額を計算します。
したがって小問(2)の場合、長女Bは事実上放棄したとしても、相続したものとみなされます。
よって父親甲(特定贈与者・被相続人)の遺産額4000万円に長女B(受贈者)が生前贈与を受けた2500万円を加算した6500万円が、相続税の課税財産になりますので、その取得財産から葬式費用等の債務控除ができます。

 

離縁した元養子と相続時精算課税

Q2)丁は、伯父丙の養子になり、養子であった期間中に伯父(養父)丙から相続時精算課税制度を利用し、生前贈与を受けました。
その後、丁は伯父丙との養子縁組を解消(離縁)して、現在は独立して生計を立てています。
伯父丙が亡くなり、相続になりました。伯父丙の相続財産は評価額1000万円で、相続人は丙の母戊一人です。
元養子丁は、伯父丙の相続に関し、どのような立場になりますか。
元養子の生前贈与額が3000万円の場合と2000万円の場合とで違いがありますか。

A2)相続時精算課税制度の適用を一旦受けた以上、後に離縁して相続人ではない場合でも生前贈与された金額を遺贈で取得したとみなされ、相続税の課税財産となります。
遺産額と生前贈与額の合計額が基礎控除額を上回れば相続税の申告・納税をします。

相続時精算課税制度の適用を受けて贈与税の課税を免れた人は、その贈与財産にかかる特定贈与者が死亡した場合、その贈与を受けた財産の全部を相続税の課税対象として加算され加算された財産額が、相続税の課税財産額とされます。
相続時精算課税制度を選択して生前贈与を受けた人が、その贈与財産にかかる特定贈与者から、相続または遺贈により財産を取得しない場合でも、当該受贈者が相続人の場合には相続したものとみなし、相続人でない人(例―相続放棄をした人・離婚や離縁をした人)の場合には遺贈により取得した者とみなして、相続税の課税財産額及び相続税額を計算します。

本問では、相続時精算課税制度を利用した丁が、その後に離縁して丙の相続人ではなくなっています。したがって丁は、相続人以外の人となり、相続時精算課税制度を利用して生前贈与された財産は、遺贈により取得したものとみなされて、相続税の課税財産になります。
(1)生前贈与額が3000万円の場合、丙の相続財産1000万円を加算すると合計4000万円になりますので、基礎控除額(本問では3600万円が基礎控除額)を越えることになり、相続税申告と納税が必要です。
この場合、丁は、丙の一親等の親族以外の人になりますので、相続税は2割加算となります。
(3)生前贈与額が2000万円の場合、丙の相続財産1000万円を加算しても合計3000万円ですので、基礎控除額(本問では3600万円が基礎控除額)未満です。
したがって、相続税の課税はなく、相続税申告は不要です。

 

相続時精算課税財産の評価

Q3)今から15年前に父親Yから長男Xが宅地の生前贈与を受けました。
その際、当時の土地の路線価に地籍を乗じた評価額で相続時精算課税制度の適用を受けましたが、その評価額が誤っていました。
今年5月贈与者である父親Yが亡くなり、相続税申告をすることになりました。
受贈者である長男Xとして、相続税の課税財産に合算する贈与財産の価額は、どうすればよいでしょうか。

A3)相続時精算課税制度を適用した贈与税申告において贈与財産の評価額を誤ったが、訂正しないまま相続開始となった時は、相続税申告において正しい評価額で申告すればよいです。

相続時精算課税制度を利用した場合、その贈与財産にかかる特定贈与者が死亡した場合には、生前贈与を受けた受贈者は、自らが遺産を取得したかどうかにかかわらず、その贈与を受けた財産の全部を相続税の課税対象として加算され、加算された財産額が、相続税の課税財産額とされます。
この場合の課税財産の価額は、贈与された当時の課税財産額です。
相続時精算課税制度を利用して贈与税の申告をするときに、その贈与財産の価額を誤った場合、そのことが判明した時点で、修正申告または更正の請求をして訂正します。

そして訂正後の価額を贈与財産の価額として、相続の課税財産に加えます。
但し、修正申告や更正の請求ができる期限があります。
修正申告や更正の請求をしないまま、相続が開始した場合、相続税の課税財産に合算する金額は、正しい評価額についての計算根拠資料を示して、相続財産と合算して相続税の申告をします。

本問では、修正申告や更正の請求をしないまま、相続になってしまったケースですが、
正しい贈与財産の評価額によって相続税申告をします。

監修者

氏名(資格)

小林 幸与(税理士・弁護士)

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